岩手スポーツマガジンStandard(スタンダード)岩手をひとつにするのは、スポーツだ〜After 3.11『釜石高校ラグビー部』〜

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[4/20更新] 震災から1ヶ月、指導者の苦悩と葛藤 釜石高校ラグビー部 伊藤諭監督の胸中

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2つの日常が同居する異様な光景

 釜石高校は3年前に旧釜石南高校と旧釜石北高校が合併して誕生した。新たな歴史のスタートと同時に校舎も新築され、生徒たちは真新しくきれいな教室で通常通りに勉学に励んでいた。

 あの日までは。

 あれから1ヶ月が経過した。震災以来、同校グラウンド脇のスペースは自衛隊の拠点となっており、テントやジープが並んでいる。高校の敷地内にそれらが並ぶ風景は異様そのもの。3月11日を境とした“あの日以前の日常”と“あの日以降の日常”が織りなすそのコントラストは、新しい校舎であるがゆえに一層際立って見える。体育館は自衛隊の救護場所となっており、合宿などを行うセミナーハウスにはいまだ避難している人が生活している状態。そんな非常事態の中、釜石高校は4月12日、例年よりも約1週間遅れの始業式を迎えた。転校を余儀なくされた生徒もいるほか、避難所から登校する生徒も多いため、当面は午前中のみの授業となる見込みだ。

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(写真:釜石高校敷地内の一部は自衛隊の拠点となっており、テントやジープが並ぶ)

生徒の震災後

 去る3月30日、取材のため釜石を訪れた。「Standard 3-4月号」のリアスのスポーツ特集で取材協力をいただいた釜石高校ラグビー部は今どのような状態なのかを知るためである。

 震災当日、釜石高校は登校日となっていたため、その時間、多くの生徒は学校にいた。受験を控えていた3年生については地震後何人かが学校に訪れたほか、生徒が避難所を自転車で巡り安否の確認をとった。幸いなことに全員が無事だったという。「まだ部活動に頭を切り替えられません」。そう話すのは監督を務める伊藤諭先生

だ。釜石高校に向かう前に市内を車で回ったが、港近くの町は崩壊し、道路両脇には倒壊した家屋とがれきが山積していた。家族を亡くした生徒や家族の行方がわかっていない生徒も数多く存在する。そんな状況では至極当然だろう。時折、生徒が学校を訪れるそうだが、「無理している部分があるのかもしれませんが、明るい生徒が多く、こちらが勇気づけなければならないところを、逆に元気をもらってます」と伊藤監督が話すように、前を見据えている生徒もいるようだ。彼らの多くは、避難所や施設などでのボランティア活動に自主的に参加し、街と人々を支えている。

指導者が過ごす暗中模索の日々

 震災以来、伊藤監督の心は揺れていた。「ラグビーと復興、どちらも中途半端にはしたくない。どちらかに絞るべきなのか…」と言葉を詰まらせる。まずは家や地域のことをやらなければならないという気持ちが根本にあるのは言うまでもない。しかし、それと同時に指導者として思う存分ラグビーをさせたいという気持ちもあるだろう。3年生にとっては最後の年なのである。

 釜石高校には釜石市、大槌町、遠野市などから通う生徒が多いが、地域によって被害の状況には大きな差がある。釜石市内だけをみても同様で、港町付近は壊滅的なダメージを負ったが、津波の及ばなかった地域では比較的被害が小さい。それ故、部活動を辞めざるを得ない生徒やなかなか参加できない生徒がいる一方で、比較的部活動に取り組める生徒もいるなど様々な境遇の生徒がおり、足並みをそろえることは容易ではない。さらに本来であれば、地震のあった3月11日からは盛岡大学、翌週には黒沢尻工業高校と合同合宿を組み、以降も強化合宿や遠征が行われる予定だった。格上と見なされる2チームとの合宿やその他の遠征などでは多くの課題や収穫が得られ、チームの強化に大きな役割を果たすはずだった。津波は家や車だけでなく、楽しくそして真剣にラグビーに没頭する時間も押し流してしまった。

 伊藤監督の不安と葛藤にまみれた暗中模索の日々は続いている。

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(写真:釜石南高校時代から受け継がれる藤色の横断幕には「燃えろ!!釜南ラガー」のメッセージ)



受け継がれし鋼鐵(はがね)の意思(こころ)

 現時点では、全体練習の再開時期、そして県高総体への参加は不透明なままだ。しかし、「今いろいろなことを生徒に期待するのは酷ですが…」と前置きしたうえで伊藤監督は「もしも部活動が再開し、大会などに参加できるようになれば、生徒には“ラグビーを辞めざるを得なかった仲間のために”という気持ちを持ってプレーしてほしいと思います。3年生には、3年間の指導の中で培ったものを発揮してほしいです」と語る。さらに「高校ラグビーに限らず、ラグビーが復興の手助けになるようがんばりたい」と続けた。今後はチャリティーマッチなどを含めた復興支援活動にも期待が集まる。

 釜石高校(当時は釜石南高校)は筆者の母校でもある。十数年前の記憶を辿り、母校の校歌をふと思い出すと、そこには「百錬鍛へし鋼鐵(はがね)の意志(こころ)」「諸人(もろびと)榮(さか)ゆく世をうち建てん」という一節があった。前段は読んで字のごとく“百回打って鍛え上げられた鋼鐵のような強い精神力”、後段は“すべての人が幸せで栄えゆく世の中を築き上げる”といった意味を持つ歌詞だと解釈できる。

 鉄の町、ラグビーの町、釜石。そこに住む人々は連綿と受け継がれてきた鋼鐵の意志をもって栄えゆく世の中を築いていく。奇しくもこの校歌の中には、これまでの釜石が受け継いできたもの、そしてこれから復興に立ち向かう釜石の決意が示されているようだった。

(取材/高橋拓磨・写真/坂本廣美)

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(写真:「Standard3-4月号」取材時のラグビー部の面々。震災に負けない鋼鐵の意志でこの窮地を乗り越えてほしい)

we need....(釜石高校)

マイクロバスなど(移動手段に使えるもの)

※現在、全国各地から物資が送られ、ラグビー用具については特に不足はない状況です。しかし、練習試合、遠征など移動にかかる費用を捻出できない生徒もいるため、移動に使うバスなどがあればすごく助かります、とのこと。

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