岩手スポーツマガジンStandard(スタンダード)岩手をひとつにするのは、スポーツだ〜After 3.11『敗者なき夏 〜宮古水産高校編〜』〜

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[12/21更新]敗者なき夏 宮古水産高校編

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9人の尊さを知る野球部。

 宮古水産高校の取材を行ったのは岩泉高校のグラウンド。東日本大震災で甚大な被害を受けた宮古市では多くの家屋が海の藻屑と消えてしまった。宮古水産高校のグラウンドには被災者のための仮設住宅が建てられ、野球部は練習する環境を失った。その後はグラウンドを転々と渡り歩く日々。取材したその日は、岩泉高校のグラウンドを借り受けていたのだ。グラウンドに散らばる選手はわずか9人。野球ができるギリギリの人数だ。それゆえに出来る練習も限られてしまう。ランナーを置いた実戦形式の練習などは当然できない。同校野球部を率いる及川学監督は「見ての通り部員数は少ないです。ただ人数が少ないぶんだけ、一人ひとりの練習量は多くなる。練習の中でできないことは、練習試合を重ねながら覚えていく。土日は練習試合を入れ、走塁や守備を試合の中で覚えていく」と悲壮感はない。むしろハンディを強みに変えてやろうという気概を感じる。

 宮古水産高校はかつて甲子園にも出場したチーム。これは水産高校として初の甲子園出場だった。強豪校として歴史を刻みながらも、ここ数年は深刻な部員不足にさらされ、輝きを取り戻すことができないでいる。それでも彼らの練習する姿はとてつもなく明るい。グラウンドに立つことを、野球をやることを、心から楽しんでいる。そして、“9人”の尊さをどこの野球部よりも知っている。

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(写真:部員数9人。ギリギリの人数で戦う宮古水産高校。)

グラウンドに立ち続けた男、グラウンドに戻ってきた男。

 東日本大震災から始まった喧騒の日々。沿岸の多くの学校は取材対応に追われることとなる。マスコミは「被災地で、笑顔で頑張るスポーツマン」を見つけることに躍起になっていた。多くの学校がカメラに追い回され、何度も何度も同じ質問を受け続ける。及川監督はその当時を振り返ってくれた。「取材を受けるのは、私はそんなに嫌ではなかったんですが、選手たち、特に福士は嫌だったと思う」

 監督が名前を上げた福士雅拓(3年)は、震災を海の上で迎えている。実習で岩手県の共同実習船りあす丸に乗り込み、ハワイへマグロ漁に行っていた。魚を獲りながら、船のエンジンを動かす勉強をしていたと言う。2カ月間に渡る実習が終わり、日本への帰路の途中で、東日本大震災が起きる。津波で三陸は壊滅的な被害。船の中でも震災の状況や混乱の様子が伝えられた。とても帰港できる状態にない。陸路を継いでやっと辿りついた故郷は見るも無残な姿へ変わり果て、自宅は跡形もなくなっていた。福士はマスコミが飛びつきそうなエピソードをたくさん抱えていた。

 福士は元々マリンスポーツ部の部員だ。スキューバダイビングの資格を取る部活動であり、海の町の高校ならではの部活と言えるだろう。その福士を口説いたのが鈴木宏明野球部長だ。それには福士のプロフィールが深く関係している。中学時代に在籍していた山田中学野球部は岩手県優勝を成し遂げるなど、評判の強豪チーム。控えの選手ではあったものの、福士はそのチームのメンバーとして戦っていた。野球経験があることはもちろん、勝利の味を知っている選手は何よりも心強い。仮入部という形でかまわないからどうだ?鈴木部長の熱心な勧誘に根負けし、今年の春の沿岸北地区予選に出場した。この予選で対戦した宮古高校との試合結果が大きな転機になった。20-1の惨敗。「あんな点差で負けたことはなかった。ほんと悔しくて…。それがきっかけで最後の夏まで続けようと思いました」福士は正式な野球部員として参加することを決意する。そしてこう言葉を続けた。「ここで辞めてしまったら、有眞の3年間が無駄になってしまう」有眞とは、野球部のキャプテンでありクラスメイトでもある大久保有眞(3年)。次々に辞めていく部員の中で、ただ一人残った3年生部員だ。福士はグラウンドで汗を流す大久保の姿を見ていたのだろう。人数不足という理由で、大久保が積み上げてきた3年間が消え去ってしまう。それは一度でも野球をした経験のある者にとって耐えがたいものであったに違いない。

 キャプテン大久保悠眞とはどんな選手なのか。指導者から出てくる言葉には“独特な愛情”が満ち溢れている。「最初はどうなるかと思った」、「めちゃくちゃなボール球も打っていく」、「先輩にかわいがられ、後輩にもかわいがられた選手」などなど、笑いながら“大久保伝説”を語ってくれた。そんな話の中で及川監督の言葉が残っている。「ただ、ひたむきな選手であることは間違いない。表面には出てこないが芯の強さを持っている。一度やろうと決めたことは最後までやりとげる。これは高校野球が終わっても、彼の長所として活きてくるものだと思う」先輩にかわいがられ、後輩にかわいがられ、そして、指導者にもかわいがられた。大久保は幸せな選手だ。大久保が背負ってきたものを福士が後ろから支える。二人の3年生部員の力で宮古水産高校野球部は土俵際で踏みとどまった。

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(写真:宮古水産高校を支えた二人の3年生。大久保有眞(上) 福士雅拓(下))

初戦の相手は、優勝候補。

 夏の甲子園予選岩手大会。抽選会で大久保が引いたのは、その日一番の“当たりくじ”。テレビ放送の中でアナウンサーが「あっと、これは…」と言葉を失う。初戦の対戦相手は、岩手高校野球界の大横綱・花巻東高校に決まった。優勝候補の最右翼に上げられるチームだ。これほど両極端なチームも珍しい。9人ギリギリのチームと部員数100人を越えるマンモスチームの対戦。小手先が通じる相手ではない。無茶を承知で宮古水産高校は真正面からぶつかっていく。「力の差があるのは重々承知。岩手県営球場という最高の舞台で、持てる力を出し切る。精一杯のことをやる。それが今まで応援してくれた方々への恩返し」及川監督はそう答えてくれた。

 7月15日。岩手県営球場第二試合。今にも降り出しそうな曇天の空の下、試合が始まった。番賀真也(2年)と番賀真人(2年)は双子のバッテリー。大久保はサードを、福士はセンターを守っている。番賀真也は緩急を使った投球で立ち向かうが、3番杉田のタイムリー2塁打など花巻東打線が試合序盤から着実に得点を上げていく。一矢報いたいところだが強力投手陣がそれを許さない。それでも宮古水産高校のベンチから声が途絶えることはなかった。「しっかり守って行こう」大久保の大きな声ともに選手たちはグラウンドに飛び出していく。守備に入れば、宮古水産高校のベンチには誰もいない。キャッチャーのプロテクター装着は内野手が手伝い、ボールバックは、部長と監督が取りにいく。全員が力を合わせて強敵に挑んでいった。曇天の空からは、ポツリポツリと雨が落ち始める。7回表、宮古水産高校の攻撃。この回に得点できなければ、コールド負けが決まってしまう。大久保、番賀真也が打ち取られる。そして最後のバッターとなったのは福士だった。8-0のコールド負け。試合終了の後、雨の勢いはさらに増していった。

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(写真:必死に守り続けた宮古水産高校。最後のバッターは福士雅拓だった。)

9人いれば、野球はできる。

 試合後、及川監督に話を聞いた。「正直、71点取られることも頭をよぎった。最悪のことも想定しながら、良いプランを見つけていこうと思っていました」試合前日の7月14日、兵庫県大会で姫路工71-0氷上西というスコアの試合があった。記録的な大敗も頭をよぎったという。試合序盤の失点でガタガタと崩れていってもおかしくないところを踏みとどまった。チームの成長を感じた瞬間だった。試合が終わった後、及川監督は、控室に選手を集めてこんな話をしたと言う。「まずは3年生の選手におつかれさまということ。そして試合には負けたけれど、手の届かないわけじゃない。ピッチャーは抑えたし、よく守ることができた。打てればなお良かった。“もう少し”の部分を埋めていこう」花巻東高校との対戦は今の自分たちの力を計るものであり、そして、最後まであきらめずに立ち向かった気持ちは大きな財産となった。下を向かずに、前を向く。9人いれば、野球はできる。そのことを宮古水産高校は証明してみせた。及川監督はチームを「下手くそなチーム。下手ですけど、一生懸命できることをやるチーム」と評した。その言葉通りの戦いぶりは誇らしいものだっただろう。「一人、二人休んだら、うちの学校は大変。自分が休んだら、迷惑がかかる。そう思うから練習に来る。一生懸命にやる。一人の重みが違うんです」負けてもなお、目は輝いていた。これから新しいチームを作らなければならない。次もやっぱり今と同じようなチームを作るのですか?最後の質問に「まあ、試合も終わったので、ちょっと休んで、また部員勧誘から始めますか。人数が足りていないので」及川監督はそう言って笑った。

 宮古水産高校野球部がこれから歩む道は、決して平坦なものではないだろう。グラウンドが以前のように使えるようになるのはまだまだ先のことだ。それでも、番賀真也と真人のバッテリーをはじめとする2年生部員たちが中心となって、そして、さらに新しい部員が加わって、チームの灯をともし続けていくだろう。あの大津波でさえも奪えなかった、野球への情熱という炎。その炎が簡単に消えてしまうはずがない。そう思うのだ。

(取材/菊地健二)

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(写真:試合後、雨の勢いが増す。選手の健闘に観客席から拍手が起こる。)


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