岩手スポーツマガジンStandard(スタンダード)岩手をひとつにするのは、スポーツだ〜After 3.11『大船渡女子バスケ部』〜

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[4/14更新] 彼女たちには、バスケットが必要だ 大船渡高校女子バスケット部の20日間

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 久しぶりに、ボールのはずむ音と笑い声が響いた、大船渡高校第1体育館。女子バスケット部の生徒たちが、いつも練習をしている場所だ。20日前の「あの日」も、彼女たちはここにいた。だれも経験したことのない大きな揺れ。そのあとにまちを襲った巨大な津波によって、彼女たちの未来は大きく歪んでしまった。

突然の大きな揺れ バスケットシューズのまま校庭へ

 震災から20日が経った3月30日。大船渡高校を訪れると、14人の部員が待っていてくれた。

 コーチの菊池理恵先生に、女子バスケット部への取材を申し込んだのは、前日の夕方。突然のことだし、ひとりかふたり、応じてもらえたら…と考えていたから、これほど大人数での取材になるとは思ってもみなかった。

 「震災以来、部で集まることがなかったんです。生徒たちきっと、バスケ部のみんなに会いたかったんだと思います」と、菊池先生は笑う。

 3月11日の「あのとき」。女子バスケ部は第1体育館で練習をしていた。数日前にも地震があったから、はじめは「いつもの揺れ」だと思った。それがだんだん強く、激しくなる。高床式のこの体育館はなおさら揺れが大きい。窓ガラスがたわみ、割れた。

 揺れが収まるのを待ち、全員バスケットシューズのまま校庭へ移動した。校内にいた全生徒がここで待機。誰かが持っていた携帯のテレビ機能で「津波が来る」ことを知った。湾から奥まった高台にあるこの学校から、海は見えない。生徒の多くは、大船渡を襲った巨大な津波の姿を、後日テレビで見たという。

 保護者が迎えに来た生徒以外は学校に待機することになり、校舎から少し離れた第2体育館が緊急の避難所になった。その数は、津波から逃げて来た近隣住民も含め約300人。女子バスケ部も5人がここにとどまった。研修会館にあった布団を体育館に敷き、反射式の石油ストーブで暖をとる。練習着のまま飛び出してきた彼女たちに、サッカー部や陸上部の生徒がベンチウォーマーを貸してくれた。

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(写真:コーチの菊池理恵先生。実家のある宮古市も大きな被害を受けた。家族は無事だったが、まだ実家には一度も戻っていないという)


それぞれに、不安と悲しみを抱えて

 佐藤里莉さん(3年)は、その日から3日間、第2体育館で過ごした。彼女の家は隣市の陸前高田にある。今回の震災で、最も被害の大きかった場所のひとつだ。両親は外出先で身動きがとれず、親戚が学校まで迎えに来てくれた。自宅は奇跡的に無事だった。

 「陸前高田に戻ると、いつも家から見えていた町が全部なくなっていた。地元の友だちのことが心配だったけれど、なにもわからなくて…。とにかく情報を集めようと、ボランティアに参加して市内のあちこちに行きました。そこで友だちや先生に会って無事を確認できたときは、すごくうれしかったです」

 同じく陸前高田市(気仙町)から通学している吉田結実子さん(3年)は、壊滅状態のまちをみて「親も津波にのまれたかもしれない」とショックを受けた。連絡もとれないまま、ようやく両親に会えたのは2日後だった。今は家族で避難所に身を寄せ「自分ができることがあれば」と、北海道から来た医療チームの手伝いをしている。

 柴田あすかさん(2年)の母親は、津波に流され、病院に搬送された。「ケガはしているけど命に別状ない、と知ったときは本当に安心して…」と、瞳から涙がこぼれる。彼女自身も、3月17日にじん帯の手術を受けるはずだった。その予定は延期されたままだ。

 家族は、友だちは無事だろうか…情報が錯綜するなか、避難所で、運良く無事だった自宅で、それぞれが不安を抱えていた数日間。「バスケ、できるようになるのかな」そんなことも頭をよぎった。こんな大変な事態になって、高総体に出られるだろうか。そのまま逃げたからシューズも泥まみれになってしまったし…と、キャプテンの近藤里咲(りさ)さん(3年)は話す。

 「早くみんなにボールを触らせてあげたい。けれど現状は学校に来るのも大変な状態。この子たちは真面目だから『練習するよ』と言えば無理をしてでも来てしまう」と菊池先生。だからまだ、部活再開のめどはたっていない。

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(写真:バスケットシューズのまま避難したため、シューズは泥だらけで使えなくなった。靴下でのバスケは思い通りに動けない。それでも、みんなうれしそうな笑顔)

被害のなかったところから バスケットを盛り上げてほしい

 バスケをする姿を写真におさめたくて、第1体育館に場所を移す。出入り口には、20日前からそのままの、彼女たちの革靴が並んでいた。ボールを手渡すと「わあ、懐かしい感触!」と歓声があがった。さっきまで泣き顔だった表情が、とたんに生き生きとしはじめる。そんな姿を見て、あらためてスポーツの力を感じる。彼女たちに前を向かせてくれる、ポジティブな力。早く、思いきり練習できる日が来ますように。そう強く願う。

 「みんな、この夏の高総体に向けてがんばってきました。大会は毎年あるけれど、3年生にとって『最後の高総体』は1度だけ。どうしても大会には出させてあげたい。そして、これまで支えてくれた人たちに、全力で戦う姿を見せたい。そう思います」彼女たちを見つめながら、菊池先生が言った。今はまず、学校に通える環境を整えること。練習ができるようになるまでに、するべきことは山ほどある。先生はこう続けた。

 「私たちはこんな状況ですが、被害のなかった内陸の子たちには、どんどん練習してほしいと思っています。自粛などせず『バスケをしたいんだ』と、堂々と声をあげてほしい。そうして岩手のバスケを盛り上げて、私たちをそこへひっぱり出してもらいたいです」

 「バスケット、したい人?」取材のときのそんな質問に、少し遠慮がちに、でもしっかりと手を上げてくれた彼女たち。久しぶりにボールに触れた感想を聞くと「とってもうれしいです!」と答えてくれた。この日撮影した写真には、目を輝かせ、つかの間のバスケットを楽しむキラキラした笑顔が写っている。こんなときだけど、いや、こんなときだからこそ、彼女たちにはバスケットが必要なのだと思う。

(取材/鈴木いづみ・写真/坂本廣美)

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(写真:この日集まってくれた、14人の部員たち。学校に来る手段がなく、来られなかった部員もいる)

we need....(大船渡高校)

バスケットボール(6号、7号)、バスケットシューズ、練習着、ユニフォーム、リバーシブル、ビブス等

現在、大船渡高校女子バスケット部は少しずつ練習を再開している。上に挙げたのは、沿岸地域全域のバスケ関係者にとって必要なものです、と菊地先生。また、笛や審判着、レフリーシューズなども呼びかけていただけるとありがたい、とのこと。

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