岩手スポーツマガジンStandard(スタンダード)岩手をひとつにするのは、スポーツだ〜After 3.11『高田クラブ 社会人野球チーム』〜

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[5/7更新] いつかまた全国の舞台へ。我慢の時を過ごす高田の元球児たち(社会人野球チーム 高田クラブ)

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 陸前高田市の社会人野球チーム高田クラブ。この地域に生活基盤を置き活動してきた選手たちは今、野球を楽しむ環境を失っている。山本郁夫監督からチームの状況を伺った。

心待ちにしていたホームグラウンドのリニューアル

 高田クラブは高田松原球場で練習を行っていた。チームのみんなで集まることがなによりの楽しみ。そんなチームにとってこの球場は大事な居場所だった。2010年から改修に取りかった同球場は、1年かけて土や芝生を入れ替え、スコアボードやスタンドも整備し、完成予定は2011年3月中。この直前に津波が襲う。今頃はきれいになった球場でにぎやかに練習しているはずだった。「工事の度に『できてきたな』と思いながら見に行っていました。ほぼ完成していたんですよ」。山本監督も完成を本当に楽しみにしていた。工事の進行を見守りながら、とれだけ期待を膨らませていたことか…。しかし今は、グラウンドは浸水し瓦礫が散乱、スタンド席には流れてきた車が横たわる。ぽつぽつと立っている照明が球場だったことを教えてくれる、そんな状態だ。同クラブが集まる場所はなくなってしまった。新しい土や芝生の感触を確めることは、もうできない。

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(写真:瓦礫に埋もれる高田松原球場。球場のすぐ向こうは海。時より強い波が打ちつける。)

昨年の全国大会出場。飛躍の年になるはずだった。

 同クラブは地元出身者や、市内在住のメンバーで構成される。この街で生活する中で、野球“も”したいという元球児たちが集まる。平日の日中はそれぞれの仕事があるため、夜に練習を行う。そして、週末の休日を利用して大会に出場。野球となると仕事の疲れなど忘れて全力で走り回る。そんな根っからの野球好き集団は昨年、第37回JABA岩手県クラブ選手権兼第35回全日本クラブ選手権岩手県予選大会で5年ぶり5回目の優勝を果たした。さらに4チームの代表を決める東北大会でも勝ち上がり、第3代表として全国大会に出場。長年遠ざかっていた全国の舞台を経験した。「(西武ドームは)すばらしい環境。甲子園と同じで、もう一度戻って来たいと思わせる舞台でした。5年前、東北大会で後一歩のところで破れ、悔しい思いをしました。代表権を取れたことは本当に悲願。すごく嬉しかったですね」。監督はしみじみと振り返った。この経験がチームの結束を深め、ひとりひとりがチームのために何をできるか考え行動するようになった。個々の力が及ばなくてもまとまりで戦えるという強みを手に入れた。格上の投手、打者を相手にどうしたら勝てるか? この課題から目標を見つけ今季の大会に臨むつもりだった。しかし、チームは1年間の休部を決めた。

 「今年も代表権を取りたい。これからという思いがありました。いつ活動を再開できるのかわからないので、野球に対するモチベーション維持するのが難しいですね」。自宅を流され、野球道具がないという選手もいる。そしてそれ以上に「職場がなくなったり、職場が移動になった選手がいます。選手がこの地を離れることがないよう、環境を整えることが必要になります」。監督は人材の流出を一番の懸念事項としてあげた。選手にとって野球は生活をより楽しくするコンテンツ。そもそも生活が成り立たなければ野球はできない。

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(写真:昨年の岩手県クラブ選手権。優勝旗を掲げ、喜びいっぱいの集合写真。写真提供:岩手県野球連盟)

週末は“Tc”のロゴ入りジャンパーを着て集合

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(写真:給食センター内で物資の運搬作業を行う選手たち。野球部らしい掛け声が聞こえる。)

 チームは休部中だが、メンバーは週末に集まりボランティア活動を行っている。仮の市役所となっている給食センター周辺では同クラブのロゴの付いたマリンブルーのジャンパーを着た選手たちの姿が目に付く。体力のある面々は力仕事で大活躍。作業場から明るい声が響いていた。ここでもチームワークを発揮し、彼らの元気な姿が現場の空気を和らげる。地域あってのクラブチーム。各大会の出場や日々の活動も地域に支えがあって成り立っているといっていいだろう。昨年の全国大会出場の際には地域の人々からたくさんの応援をもらった。だからこそ選手たちのお世話になった皆さんのために何かしたいという気持ちは強く、自然な流れでボランティア活動は始まった。「みんなで集まりたいという気持ちで来ているんだと思います」と山本監督。仲間で集まって活動することも、彼らにとっては大事なモチベーションのひとつ。メンバーの顔を見ることで、安心感もあるだろう。一緒だから頑張れる、仲間とはそうゆうもの。彼らの表情がそれを物語っていた。

チームの活動再開=地域の復興

 「地震から今日まであっという間で、その日その日の仕事をこなすのでいっぱいいっぱいでした。野球のことまで頭が回らないですね」。山本監督は市役所の職員。震災後は物資の集配作業を担当し必死に仕事をこなした。今は通常業務に戻っているというが、プレハブの仮設事務所で忙しく働いている。この状況下で野球のことを考えられる余裕などあるはずがない。選手だって同じだ。淡々と状況を説明してくれた山本監督だが、時より野球への情熱も垣間見えた。監督自身も野球への思いを“我慢”している。「観るのも好きで、都市対抗を観に東京ドームまで行ったこともありました。東北総体や天皇杯を見て歩いたりしているんですよ」。昨年の戦績、自身の観戦話など、野球を思い出して話してくれる時の監督の表情は幾分か和らいでいたような気がした。「今は野球をする前に、前のように集まれる機会がほしい。チームのみんなでお酒を飲む機会もほしいですね」。もちろん野球はしたい。しかし、その前にクリアしなければならない問題は大きい。地域あってのクラブチーム。高田の復活イコールチームの復活なのだ。
 練習再開のめどは立たないが選手は集まり、これからは街全体をホームグラウンドに活動していく。これまで高田松原球場のグラウンドを整備してきたように、高田の街もきれいに整備していくつもりだ。当面は街の復興がチームの目標。
 何年後になるかわからないが、今度こそ新しい球場でめいいっぱい野球がしたい。皆、心から願っている。

(取材/鹿糠亜裕美)

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(写真:給食センターに掲げられている横断幕。)

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(写真:お話を伺った高田クラブ・山本郁夫監督。H元年からチームに携わっている。)

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