岩手スポーツマガジンStandard(スタンダード)岩手をひとつにするのは、スポーツだ〜After 3.11『高田クラブ_社会人野球チーム2』 〜

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[5/10更新]やっぱり高田クラブというチームで野球がしたい 困難が続く中で、再開を決めた元球児たち
      (社会人野球チーム 高田クラブ)

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 震災後、活動休止を余儀なくされた沿岸地域の社会人野球チーム。今季から宮古倶楽部、高田クラブ、赤崎クラブ(大船渡)、釜石野球団、久慈クラブが活動を再開している(大槌倶楽部は今季も休部)。ちょうど1年前に取材に伺った時、高田クラブはボランティア活動中だった。今回は球場での練習に立ち会うことができた。

遠く感じる塁間。1年半ぶりのグラウンドの感触。

 夜7時、静かな住田球場のナイター照明が付く。外野の芝生を数人が走っていた。徐々にメンバーが増え、高田クラブの練習が始まる。この日が活動再開後初めてグラウンドでの練習。約1年半ぶりにそれぞれのポジションに立ち、一つひとつの動作を確かめながら全力で走り回っていた。全員が集まることは難しく、人出が少ないので、ノックは全員で内野も外野も受ける。やはり1年半のブランクは大きい。納得のいかないプレーも多いようで、楽しそうな悲鳴が飛び交っていた。「これまでは室内練習場を借りて練習していました。やっぱりグラウンドはいいですね。室内で何時間練習しても、この(グラウンドでの)2時間にはかなわないですね」。熊谷駿主将は満足そうに話してくれた。

 東日本大震災以降、休部していたチームは3月半ばから練習を再開した。「震災からまだ1年、地元は仕事も生活もままならない状況なので復活には賛否両論あると思います。しかし、若い選手たちからやりたいという声が多かったこと、そして2年あけてしまうとチーム自体が消滅してしまうという怖さがありました。2年間ブランクができると体も動かなくなるし、チームを復活したいという気持ちもなくなってしまうのではないかと」。熊谷主将をはじめ選手らは困難な状況を理解した上で、できる範囲で大会に参加しチームを残すことを決めた。「新人も入ってある程度形になってきているので、大会が楽しみです。自分たちはクラブチームなので、ガツガツはしません。自分たちでお金を集めてやっているので、何が何でも勝たなければいけないわけではない。なので、楽しく勝つことが目標ですね」。チームは5月11日から行われる第83回都市対抗野球第1次予選岩手県大会に出場する。初戦は5月12日、花巻硬友倶楽部と戦う。

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(写真:「体が動かない」と笑いながらも必死にボールを追いかける選手たち。本当に楽しそうに練習していた。)

全国大会出場直後の震災。世代交代をしてチームは再開する。

 チームの復活を機に、山本郁夫前監督が退き、コーチだった戸羽直之さんが監督に就任した。「8年間監督をしてきまして、平成22年の全日本クラブ選手権出場後、次の人にバトンを渡すことを考えていました。しかしチームからの要望もあり、もう1度全国を目指そうと思った矢先の震災でした。震災後は仕事が忙しくなり、選手を見る時間を持てなくなるため、監督の交代をお願いしました」。山本前監督は陸前高田市役所に勤務しており、震災後は復旧復興に関わる仕事に追われる毎日だが、地域の厳しい現状を目の当たりにしながらもチームのことを忘れることはなかった。復活のめどなどなかったが、休部がつづいてはチームの形が崩れてしまうと不安な気持ちでこの1年を過ごしていたという。

 活動再開は復旧の始まり。完全復活に向けてチームは結束し、歩き出している。「22年のチームは若手、中堅、ベテランのバランスが取れたチームでした。再スタートするチームは以前とは別のチームになると思います。若手が自分たちのチームを作っていくものだと思うので、難しいところもありますが、楽しみもあります。戸羽新監督にはチームがとても厳しい時に監督を引き受けてもらう形になり申し訳ない気持ちです。彼の野球を見る目はすばらしい。深いところまで知っており、経験も豊富なので期待しています」。山本前監督は現在、部長としてチームをサポートしている。

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(写真:1年前に取材に訪れた際に撮影した集合写真。この日は盛岡から応援に駆けつけた盛友クラブと一緒にボランティア活動を行っていた。)

クラブチームの存在意義を再確認。地域に貢献するチームを作る

「私は復活に対して否定的な意見を持っていました。野球やっている場合ではないだろうと。若い選手は他に行くところがあれば移籍したらいいと思っていました」。戸羽監督は意外にも再開反対派だった。いつも明るく冗談を飛ばす、チームのムードメーカー的存在。誰よりも野球小僧な戸羽監督だからこそ、社会人である自分たちが野球をするということの難しさを重く受け止めていた。しかし、高田クラブで野球をしたいという声は多かった。学生野球とは違う社会人野球の面白さを教えてくれたこのチームで、一緒にやってきた仲間と野球を続けたい。若い選手たちの強い思いに動かされ、チームに戻り監督も引き受けた。

 大会に出場すると仕事のある平日に試合が行われることも多く、職場や家族の理解は欠かせない。本来仕事や家族に費やすべき時間に野球をさせてもらっていることを戸羽監督は強調した。「地域や職場あっての野球だということを常にみんなに言っています。休部中にボランティア活動をしましたが、日頃お世話になってきた地域に貢献することはもちろん、(高田の方々に)チームを認識してもらいたいという思いもありました。まだ再開したばかりですし、それぞれが忙しいためできかねていますが、いずれは小中学校の指導もしたいですね」。好きで続けてきた野球を生まれて初めて休んだ1年間、彼らは自分が野球をする意味を探し、地域貢献の必要性を改めて感じた。高田クラブというチームが地域にとって一つの希望となるために、彼らは野球を続ける。再び全国大会を目指し、活躍することで地域を盛り上げるだけでなく、今後は子ども達への指導など活動の幅を広げ、陸前高田市の野球振興の中心的存在を目指す。

「地元高校出身の選手には面白い選手がたくさんいます。教えるとどんどん吸収してくれるので、鍛え甲斐のあるチームですよ。やるからには勝ちたいですよね。男の子ですから、勝たないと」。戸羽監督がこれから急ピッチで若手を鍛え上げる。新生高田クラブがどんなチームに仕上がるのか、とても楽しみだ。

(取材/鹿糠亜裕美)

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(写真:自ら打撃投手を務め、チームを引っ張る戸羽監督。球場に響き渡る監督の元気な声も高田クラブらしさの一つ。)

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(写真:現在の登録選手は30名ほど。練習や試合でも全員が集まることは難しいが、野球を楽しむ大切な仲間にはかわらない。

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