岩手スポーツマガジンStandard(スタンダード)岩手をひとつにするのは、スポーツだ〜After 3.11『山田高校野球部_Part2』〜

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[5/12更新]山田丸、ふたたび海へ 春季大会予選に向かう、山田高校野球部の奮闘

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 山田高校野球部が部活動を再開。その知らせに安堵するとともに、彼らに会いたいという思いがむくむくと沸き上がる。一時は沈没寸前まで追い込まれた「山田丸」の新しい門出。その瞬間に立ち会うために、車を山田町へ走らせた。

再出発の朝

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(写真:山田高校のグラウンド。自衛隊の宿泊テントが張られている。)

 山田高校へ向かう途中の国道45号線。海岸線に沿うこの道路から眺める風景は痛々しい。どこまでも瓦礫の山が続き、そこにあったはずの町は跡形もなく消え去った。進行方向の左側には太平洋が広がっている。あの日暴れた海は、それが嘘であったかのように穏やかな表情を見せていた。

 今回の目的地である山田高校は高台にあることから津波の難を逃れ、被災者の避難所として使われていた。かつては生徒たちの声で賑わっていた運動部のグラウンドも例外ではなく、復旧作業を行う自衛隊の宿泊テントが並んでいる。深緑色の服に身を包んだ隊員が行き交い、作業車の重いエンジン音が絶え間なく響いていた。あの「3.11」から時が経ち、少しずつ落ち着きを取り戻したように思える岩手県だが、直撃を受けた沿岸部・山田町では連日復旧作業が行われ、独特の緊張感に今なお包まれている。

 山田高校野球部再出発の舞台は、このグラウンドの一角。“再出発の日一番乗り”を見届けようと待っていると、そこに現れたのは小山健人監督だった。こちらの姿を見つけると、帽子を取って頭を下げる。“実直”という言葉がよく似合う青年監督が近づいてきた。「選手は今、避難所内のゴミ集めに回っています。もう少しで集まると思うんですが…」監督は誰もいないグラウンドに入ると、自らの手でネットの張り具合を確かめ、グラウンドに散らばる小石を拾う。また野球ができる喜びをかみしめるかのように、そして、選手が思いっきりプレーをできるように、一つ一つ丁寧に準備を進めていた。

止まった夢が、もう一度動き出す

 練習開始の時間が近づき、選手たちがグラウンドにポツリポツリと姿を見せる。野球部部員の約半数が家を流され、当然のことながら、家に置いてあったトレーニングウェアやユニフォームも一緒に流された。練習用ユニフォームの選手、ジャージの選手。バラバラな格好の選手たちが小山監督を囲み小さな円陣ができあがる。「これから集まる機会を増やして、ちょっとずつやっていこう」被災状況がそれぞれ異なる部員を前にして、小山監督は言葉を慎重に選びながら、静かに、しかし力強く語りかける。いよいよ新しい山田丸が動き出した。

 キャプテン倉本弘樹(3年)がランニングの先頭を走り、その後を部員たちが追いかける。練習はキャッチボール、トスバッティングと続いていく。久しぶりだけに、メニューも軽めに設定されているのだろう。そして、狭いスペースで行う練習は出来ることも限定されてしまう。それでも選手の声は明るい。久しぶりのボールの感触を楽しんでいるようだ。練習が終わった後、スタンダード3・4月号にも登場した菊地由樹(3年)を呼び止め、話を聞いてみた。彼自身、今回の震災で家を流され、今は避難所となっている山田高校で家族とともに生活している。「地震の瞬間は、教室で就職ガイダンスを受けていました。その日は午前中に野球部の練習が終わって、家に帰っていた部員もいました。数日は連絡が取れない部員もいて心配だったんですが、みんな無事で良かったです。今日は久しぶりの練習だったんですが、やっぱり感覚が鈍っているなと感じました。またこれから鍛え直さないと…」前回の取材では、冬の間にバッティングを強化したいと言っていた菊地選手。照れくさそうに話す様子はあの時と変わらないが、話す言葉に力があり、ちょっと会わない間に随分たくましくなったと感じる。

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(写真:練習前に円陣。小山監督が選手に語りかける。この日は新しく山田高校に進学した1年生部員も参加していた。)

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(写真:スタンダード3. 4月号にも登場した菊地由樹(3年)練習する後ろには、自衛隊の車両が止まっている。)

山田丸、もう一人の乗組員

 昨年秋、10人の部員で戦いぬいた山田高校野球部。この野球部にはグラウンドには立たないもう一人のメンバーがいる。野球部山田高校野球部マネージャー田村成美(2年)。2つ年上の兄の影響を受け、スポーツ少年団で野球をやっていたという彼女は、中学校でバスケットボール部を入部するものの、野球の楽しさが忘れられず、高校入学後、ふたたび野球グラウンドに帰ってきた。震災当日は練習が終わった後、自宅に戻っていたと言う。「おばあちゃんといたのですが、すごい揺れでした。家は山のほうにあるので津波の影響はありませんでしたが、また大きな地震がありそうな気がして怖かった。ずっと外にいました」そして、この少女の頭の中には、他の部員同様にいつも野球があった。「地震から数日経って町に出てみたら何もなくなっていた。映画とかテレビでしか見たことがないような景色になっていました。この状況で野球の大会が出来るのかなあと不安でした」一番近い場所で見つめてきた彼女にとって、山田高校野球部はかけがえのない存在。「今のチームはいつも声が出ていて明るいのがいいです」と語った。インタビューをした部室の黒板には、誰が書いたのか“常笑”そして“全員野球”とある。この野球部にぴったりな言葉だと思った。

 その日の練習の最後に、小山監督から盛岡での練習試合が決まったとの発表があった。マネージャーとして遠征に帯同する彼女は、レベルの高い盛岡市のチームとの試合を見るのが楽しみだと目を輝かせる。根っからの“野球少女”が、山田高校野球部を支えている。

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(写真:田村マネージャーのインタビューは部室で。黒板には温もりを感じるメッセージが書かれていた。)

曇り空の先に見えたもの

 4月23日、盛岡市立高校との練習試合。それが、山田高校の復活第一戦になった。結果から言えば5-4で惜敗。もうちょっと伸びるだろうという打球が失速していく。先発したエース・佐々木康仁(3年)もコントロールのばらつきが目立つ。その試合の感想をありていに言えば、まだまだ調整不足。昨年秋の戦いぶりを見ているだけに、どうしても物足りなさを感じてしまう。

 春季大会予選が近付いている今、山田高校に残されている時間は決して多くない。それでも、このチームに対する期待値は変わらない。むしろ急ピッチでどこまで仕上げてくるかが楽しみでもある。何度も逆境にさらされながら、彼らは一つ一つ乗り越えてきた。きっと大丈夫だ。そう思う。山田高校が出場する沿岸北地区予選は、5月15日午前10時から宮古高校グラウンドで行われる。

 最後にこんなエピソード。僕が山田高校野球部を訪れる時には、なぜか曇り空が続いた。そして不思議なことに、帰る時には青空に変わっている。曇りのち晴れ。何かが起こりそうな予感がする。小山船長と11人の乗組員の新しい航海は始まったばかり。追い風に乗って、まっすぐ戦いの舞台へ向かっていく。

(取材/菊池健二)

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(写真:打てるものなら、打ってみろ。気迫がこもる佐々木康仁のピッチング。)

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(写真:盛岡市立高との練習試合は、5-4で惜敗。春季大会では、どれくらい仕上げてくるか楽しみ。)

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