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文芸部IWATE

【詩】椰子の実

第44回岩手県高校総合文化祭文芸部門
岩手県高校生文芸コンクール詩部門最優秀賞

【詩】椰子の実

岩手県立盛岡第二高校 小野寺 結

椰子の実が、一つ流れてきた
それはある日のことでした
前輪タイヤほどの大きさで
校章にちょうどよかったので
そっと胸に付け替えました
小さな漂流物
どこからきたんですか、きみ
そうですか、へぇ ムコウから
それはそれはとおいたびをしてきましたね

 

雨の降る教室で
水滴の数を数えていた
コップからそれらが溢れ出して
濁流のように床面積を
音もなく浚っていきました
ローラーのついた椅子から足を伸ばして
机を蹴って、靴の一足もないような海を
椰子の実の制服のままぐるぐると回る
もしかしてきみ、
ココラヘンからきました?
眠っていて返事はありませんでした

 

椰子の実を抱えて寝る夜は
砂糖のないコーヒーミルク
手のひらの滴に酔った
哀れな人魚姫が歌を歌うそうです
今夜はシーツの波浪注意報
白い壁を見つめる
椰子の実を包む指先から
夜色が溶けていったので
そろそろわたしは波になる時間でしょう
おやすみなさい、やし
きみのジュースをこんばん、のませてください

 

椰子の実はそこら中に落ちている
飾ってよし 転がしてよし
らしい 人づて
海に近くなるほど
椰子の実も多くなる
なるほど、それは道理 当たり前のことでしょう
けれども、内陸地方にも きっと降るでしょう
明日は全域に注意報です
私は椰子の実を拾いはしませんでした

 

いく日か経ちますと
椰子の実の重さにもすっかり慣れたもので
今では軽く感じます
体重計よりは
貯金箱で量るのがいいでしょう
家の周りに散らばっている百円玉を
わたしは拾えないので
いくらたまりましたか、やし
重さの変わらない椰子の実は
きっと白昼夢を見ている

 

椰子の実を踏んでいるのかどうか
人はいつしか皆
わからなくなるのが常なのです
人の歴史 大地の歴史 海の歴史
椰子の実の研究家によりますと
それは透明な極彩色です
かえっていく分だけ
白く高い内壁を染めていく
もう、彩ることはできないけれど せめて
陸と海とを見渡したい
やし、きみのナカマがきましたよ
きみはしゃべらなくなってしまった

 

整列、番号、若い順
いち……にぃ……さん……
ただしいくつか無い番号を飛ばしてください
例えば誕生日の日付とか
好きな教科の授業とか
落とした小銭とか
なくしちゃったなら仕方ないです
思い出せないものだから
海の果実になるのです
流れてきたら、いつか誰かが思い出してくれるでしょう?
いつかっていつですか
やし、もうすぐじゅうねんたちますね

 

ほら 本日晴天、青空、地理の時間
わたしは椰子の実を抱いて、すがって、
おります まる
チョウブン失礼しました
お元気で、椰子の実。

「郵便屋さん、これ 南の島行きで」